TALKING LIFE

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令和元年もあと2ヶ月!命の種まきGoing On ! 19.10.25 11:00pm
 す〜っかり秋になりましたが、皆さんお元気ですか?
「令和元年」も残すとこあと2ヶ月(汗)
え〜〜ッ!ついこの間「還暦」になったばかりなのに!
イヤ!イヤ〜!絶対にイヤ〜!61歳になるなんて!
・ ・・とジタバタしてもしょうがない!
食欲の秋、美味しいものでも沢山食べて忘れよっと!(笑)

 それにしても、よくもここまで「ダイヤリー更新」ができなかったものだと自分でも感心。(・・・皆様へペコリ)


お待たせしました!2019年秋の「Talking Life」は心バタバタな日々からのスタート!
今回も長い!
数ヶ月前のことなので、多々、時系列が前後しているところもあるかと思いますが、総論という感じで、皆さん、ボチボチ秋の夜長に楽しんで読んでくださいね!

 命和の春〜夏へ心タイムトラベル!GO!

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7月「母 TSUNAGU 未来」展の撤収を終え、やっとこさっとこパソコンを開いた時のことでした。
 急にパソコンがゴ〜〜〜〜と今まで聞いたことのない音をたてはじめ、なかなかページも開かない!
ザーーーーーーーーーーーーーッ!す〜〜っごく重そう(汗)

 データを必死で確認しているのかな!?
「頑張って〜!頑張って〜!」・・・心の中で声をかけつつも「これはまずい!」と呟く私。

1月19日の藤沢での還暦ライブを終え、5月京都大原・6月南伊豆での「PEACE MAN CAMP」〜 京都佛立ミュージアムでの「母 TSUNAGU 未來」展開催への待ったなしのギッシリな準備作業に、デスクトップがすごいことになっていました。

まさに超満員御礼状態!
「早く綺麗にしなくちゃ!」と思っていた矢先のことでした。

「神様!仏様!Help Me !」沢山の原稿が入ってるのよ〜!
やめて〜!(笑)その間、約1時間(汗)
重い重い扉をこじ開けるように、どうにかパンクすることもなくページはOPEN!
急ぎでバッサバッサとデータを片ずけたら、
お陰様でまたパソコンも元気になりました。(あ〜良かった!)

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でも、この事態はなんだかここ数ヶ月の私の頭の中と凄くよく似てる!コンピューターが人肌と同じようにも思えて恐ろし〜!

 沢山の言葉の作業と以前とは明らかに違う次元の情報が入り込み完全に頭がキャパシティーオーバーでフリーズ状態!(笑)
私の頭の中もアップデイトしないと楽しく頑張ることができない気分でした。
 
 昨年、母の介護生活の中、同時に急変した難病の叔母の介護〜看取りを経験する中、音楽活動を止めずに進むことができたことで
「もうあれほど精神的にも、体力的にも過酷なことは、今後そうそうないだろう」
と思っていましたが、この先もまだまだありそう!
 
「生きる」って本当に厳しいな〜。

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 冷たく長い梅雨が続きました。また、今年も京都大原の田口爺の野菜達は長雨で大地に溶けてしまうのかな?
「HEART」畑も大丈夫かな? 
ファンのみんなも心配しているだろうな。
湘南の雨空を見上げながら思いました。

 そして梅雨が明けたかと思ったら手の平返しの凄まじい極暑。
冷房嫌いの私もさすがに夜、エアコンをかけて休みました。 

 そして、たまに気分転換とテレビをつけると昨日まで笑顔だった芸人さんやアイドル歌手が頭を深々と下げ涙している。
どうして公衆の面前で泣いてるの?!

 日本の芸能界もスポーツ界もこれまでの古い日本のしきたりだけでは存続できなくなっている歪みがそこここに露呈しているよう。
そんな日本の今を象徴するかのような選挙。
インターネットでは「新しい伝え方とやり方」でこれまでの日本の封建的な縦割り社会を打破するかのような勢いで頑張っている人達が集まり、一方、戦前・戦後からのテレビ・ラジオ大堂のマスコミはネットの動きを静観というより、むしろ無視しているかのような通常の放送。

 こんなに極端な情報の2極化はかつてなかったことだと思いながらも、幕末、黒船が日本に来た時も、もしかしたらこんな感じだったのかな〜と思ってみたり。

 これまで無関心だったとは言わないけど、どこか人任せだった政治へのツケが様々な場所で世の中に不具合を起こしているのがリアルにわかりました。

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「テクロジーの進化という黒船」に人間は試されている!そう感じる夜でした。
 「畑だけやって生きていたらよかったのに!」
な〜んてついつい土着なことばかり呟いてしまいがちな私。
あ〜パソコンも携帯も捨てて生きてみたい!(笑)

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 でも自分自身を振り返れば、よくぞこんな混乱の「令和元年」
感謝還暦の2019年に「PEACE MAN CAMP」と「母 TSUNAGU 未来」展という2つの新しいイベントを打ち上げたものだと自分で自分を褒めてあげたくなるような気持ちにもなりました。

「大切な未来への知恵」と「ネットに上がることで見たくなくても自然と目に入ってしまう必要のない情報」
 両手に有り余るほどの絡まった思いをずっと抱きしめていました。

 年号が変わる時は、何か特別な潮の満ち引き、日本人の心の引力が働くのでしょうか?

「年号はもういらない!」と言う意見もあるようですが、私は日本がこれまで度々年号が変わるごとに、それまでの悪い空気を入れ替え、日本を正しい道へと「心凛とさせる」大きな役割を果たしてきたように感じます。
まさに「古からの日本国の気の力」

 大衆が共有する意識が大きく変わるって凄い!
願わくば年号が変わることで、少しでも「幸せな風景」が増えるといいな!
パソコンに向かう気力が失せる中、そんなことばかり思っていました。

 なのに、そんな想いとは裏腹に選挙で「難病ALSの女性」が出てこられた時は、本当に驚いて苦しくなりました。
 ALSといえば、昨年、私の叔母も同じ病に倒れ亡くなったので、その病の過酷さは手に取るようにわかります。
「生きるだけでも大変な難病の人おも国会に担ぎ込まなくてはならないような、ダメな日本にどうしてなってしまったの!?」・・・
そう思うだけで、情けなくて、いたたまれない悲しい気持ちになりました。

 栄光の末の没落の日本を感じてしまう夜。
「日本はもうすでに奈落の底に落ちているのかもしれない」
「もう立ち直るのには遅すぎるのかもしれない」
今、若い人たちは、これから先、どうなってしまうのだろう?
「ロックだポップだ」と歌ってる場合なんだろうか?
CDだってもうないに等しいのに。

 「何に向かって頑張ることが最良の道なんだろう?」

こんな大変な時代の中、還暦年女の私は残された時間「これから何をなすべきなのか!」と。
忍と大地を見つめ考えてしまう私がいました。

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 でも、そんな奇妙な混沌とした日本の大きな変化に心揺れながらも、ライブが終われば底辺の湘南生活は次のライブへの準備とFBでの過去と未来の報告と母の介護で時間パツパツ!
「この先、どう生きたらいいの!?高齢者さえ描けない明日。」
夜10時頃、母の介護を終えて藤沢の住宅街を歩けば、ほとんど人は歩いてない。

 「今でもこんなに寂しいのに、これから10年後、20年後、この先の日本は一体どうなってしまうんだろう?」
そんなことを嘆きながらも、1日の労働にクタクタな自分がいました。

 8月9日 中野ZEROできたやまおさむさんと杉田二郎さんの曲「祈り」を二郎さんと一緒に歌わせていただきましたが、
詩の中の
「救いようのない こんな時代の中で・・・」
という歌詞の内容が本当に「先の見えない超高齢化社会〜今の日本」にぴったりに思え涙しました。

「でも、だからこそ、自分にできることから始めよう!
叔母のあ〜んな大変な病を思えば「なんでもできる!」って思った去年をTAKAKO! もう忘れたの!?」

白井貴子も後10年!あって20年!
今の酷い世の中を思うと、もう音楽だけじゃダメ!
もっと心誇れる幸せに向けて、外に向け実践あるのみで行こう!
そう心誓いつつ「令和元年・感謝還暦の勢い」で、長年心にイメージしていた事をみんな現実にしちゃおう!
と立ち上がったのが6月1日・2日「南伊豆マーガレットグラウンド」での「PEACE MAN CAMP」だったのだから!
 
 *この時の模様は、前回のダイヤリーを見てくださいね。

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第3回「PEACE MAN CAMP」in 南伊豆 もお陰様で無事、大歓喜の中終了!
 間髪入れずに、京都佛立ミュージアムの個展の仕込み作業に入りました!

 私にとっては生まれて初めてのミュージアムでの個展。
まさにアーティストとしての表現の場を広げさせていただいた貴重な記念すべき20日間となりました。

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① 6月18日(火)〜 7月7日(日)
  京都佛立ミュージアム「母 TSUNAGU 未来」展開催!

この個展を開催させていただくことになったのは、以前、東日本大震災の被災地支援で「陸前高田」でお会いしていた長松清潤さんが、藤沢での還暦ライブに応援に来てくださっていたことが始まりでした。

 彼はお名前からもわかるように、京都の長松寺と横浜の妙深寺のご住職で、また「仏教徒 坂本龍馬」という立派な本も書かれている作家でもある方です。
 しかも若い頃は「ジェットスキーの日本チャンピオン」だったという凄い過去!
どんな心の葛藤があったのか、経歴を知るだけでもわかりますよね!すごいな〜。

 「龍馬」が私と長松さんを引き合わせてくれたのかな!?
ご紹介いただいた数分後には龍馬の話でも盛り上がっていました。
街が津波で全てなくなってしまった広大な大地に地元の皆さんが復興をかけ頑張る「動く七夕」のお祭りを盛り上げるために全国から沢山のボランティアのお坊さん達が集まる夜でした。

 後、京都のKBSテレビで「龍馬」の番組に出演する際長松さんにお声がけさせていただいたのが、更なるご縁。

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② 「ママフェス」は「母 TSUNAGU 未来」展へと進化!

新春の藤沢でのライブは今年1月19日に還暦を迎えるにあたり、生まれた街、藤沢でライブと共に母に感謝の気持ちを込め、母が縫ってくれた「ロックの女王」時代の衣装を展示して、私達世代が今手放しつつある「手仕事の大切さ」を伝える展示をしよう!と思い立ったことが始まりでした。

 昨年の今頃。最初、ホンチは
「貴子がまためんどくさいことを始めたぞ!」って感じで
「ライブだけやってりャ〜いいのに!」と煙ったそう(笑)でした。
 
 実は、私はこの10年くらいの間、時間をみてせっせと実家の片づけをしていました。
父が5人兄弟の長男だからか、何かと最後は実家に物が集まってしまい、
母も「また、いつでも必要な時は取りにきたらいい」と思って置いていたような物もいっぱい!
母がリュウマチで、もうほとんど家のことができなくなっていたので、長女の私がやるしかなかったんです。
いわば「断捨離」の10年でした。でも、私もアンテークが大好きなので、様々見ては母に
「これは誰のもの?」「思い出ある?」と介護しながら、聞きながらの作業でした。

 すると、私がこれまで知らなかった話もいっぱい母から出てきます。
 「これは昔、帯が買えなかった時、染めなおして作ったの」
この着物は「お父さんが務めていた堺のお昆布屋のお母さんからもらったもの」

 若い頃の母の姿が想像されて、これまで母しか見ていなかった先に色々な人との時間、風景が広がって行くのが見えてくるようで、スーパー地味な作業だったけど、それはそれで楽しい時間でした。

今年、還暦の誕生日に歌った「Mama」もそんな母とのやり取りの時の中で生まれた歌です。

 刻々と過ぎて行く地道な作業の中、
「そうだ!お爺ちゃんの写真ないの?」と母に聞いてみました。
どうしてって、私はこれまで一度も大阪のお爺ちゃんの写真を見たことがない!ってことを思い出したからです。
 写真が一枚も残ってないんです。
「お爺ちゃんの顔見てみたいな〜!」
「どんな顔してたの?」「もう一度会ってみたい?」
「お父さんとの一番の思い出は何?」と色々母に聞きましたが、幼い時死に別れたからでしょうか?
 思い出すこともそんなにないみたい。それが少し残念でした。

 もしかしたら、お婆ちゃんの妹、タマさんの娘(個展も見にきてくれたOSKの元トップスターの桜花昇ほるさんのお母さんが持っているかもしれない!と諦めない私!(笑)

そんな10年間のやりとりに、私が「いいな」と思って選り分けていた両祖父母の着物を入れた茶箱を開け、赤い布を集めました。
還暦という時に「Mamaメイド」の衣装を、お婆ちゃんの赤い着物の布の上に並べたら、お婆ちゃんからMamaの手仕事、そしてその服を来て歌う私と「赤い糸」で命が繋がっていることが表現できるように思ったからです。

 そんなことを思いながら、赤い着物の端切れにアイロンをかけていた時、驚いた!
お婆ちゃんの針箱の中で
「貴子キモノ」「光子キモノ」と書かれていた糸の台紙の文字を発見した時に次ぐ驚きでした。
 よく見ると布のそこここに継ぎ当てた跡がある。
「よくももあ、こんな透けるほどに薄く小さな所も継ぎあてたものだ!」と 。

「どんな思いで継いだのだろう?」
「そんなに大切な布だったのかな?」
「お金がなかったのかな?」
 想像がコンコンと広がります。

せっかくなので、その継いだ箇所が見えるよう配置して、額に敷き詰め、その上に80年代の膨大な写真の中から、母が作ってくれた衣装を着て歌い踊っている写真を選び並べました。

 「MAMA メイド」の衣装にもアイロンをかけ、トルソーを購入し「ママフェス」への思いを書くため何十時間もパソコンに向かいました。
「やるなら今!還暦の時しかない!」そんな時間はまるで母への「鶴の恩返し」のような時間でした。
 徹夜で構築してゆく様を見て、ホンチもだんだんその事の重要さを理解してくれるようになりました。

 年が明けて誕生日当日は全国からありがたいことに音楽仲間と全国各地から沢山のファンの皆さんが集合してくれて開催に至った感謝還暦の1月19日でした。

 そのライブの日に長松さんが「本門佛立宗」の婦人部の皆さんと一緒に来てくださったんです。
丁度、その後、婦人部の会にお声がけいただき、横浜で歌うことになっていたので、婦人部の皆さんにも是非、母への感謝の日のライブを見ておいていただきたかったんです。
そして、終演後、長松さんから
「貴子さん!これは素晴らしい大切な物語だから、もっともっと沢山の皆さんに見ていただかなくちゃいけません!!」
と感動の声をいただきました。

 しかも、いつも応援してくれているスタッフのみんなで手作業で展示ボードを作ったのですが、慣れていない分、貼るのが難しくて少しガタガタに貼れてしまった、その苦労の後までも見てくださり
「こ〜んな作業はミュージアムのスタッフが大得意ですから、うちでやりますよ〜!」と嬉しいお言葉!

 そんな経緯、再びの素敵なご縁で「京都佛立ミュージアム」で個展を開催させていただくことになりました。
 
   しかし、喜んだのもつかの間!

「でも、待てよ!本当に私にそんなことができるのだろうか!?」
 ・・・と。
会場も大きいし、私がずっと京都にいられるわけじゃないし。

 これは、もっともっとさらにちゃんとしっかり内容を構築しなくては、みんなの思いが台無しになる!」
タイトルも自分のライブでは「ママフェス!」よかったけど、仏教のミュージアムで「ママフェス!」はちょっとないかも?!(笑)
そんな思いから「母 TSUNAGU 未来」というタイトルが生まれました。

 ・・・だんだんと個展開催が恐ろしい作業に思えて来ました。
でも、私にとってはいつも周囲から
「また貴子はめんどくさい、音楽じゃない、訳のわからない儲からないことを始めてる!」と思われがちで、元にこの30数年
「海のゴミ」を拾おうと「森を買おうと」自慢じゃないけど音楽業界からはほとんど喜ばれることはなかったんですから!(笑)

 事実、各界で活躍する人の活動の奮闘ぶりを追う深夜の番組に、私の出演を打診してくださった人がいたのですが、
その人からの返答は「音楽の話だけじゃないからダメ」との返答。

 ずっとずっとそんな価値観の中で音楽というものを捉えているんだな〜とその時思いました。

 でも、私の尊敬する海外のアーティスト、例えば「U2」のボノがアマゾンの森の危機を呼びかけていたり、
スティングがイタリアにワイナリーを持っていてシンプルなネイティブなライフスタイルがとてもよくわかるライブをやり、
また、そんな生活が彼に自分のルーツを探るべく「古典音楽」のアルバムを作らせたり、ビートルズも解散後は個々に大人としての考え方がよくわかる素敵な生活を私達に伝えてくれて、私はティーエイジの時、大きな影響を受けました。

 大人になってからは、ポールの奥さんだったリンダさんのベジタリアンのレシピ本を買って私もベジタリアンに挑戦してみたり。
なのに、どうして日本の音楽ビジネスは未だに数字本位なんだろう?と悲しくなったことも何度もありました。

 まずは人の生活があり、その生活の大地から「歌」が生まれる!
海外のアーティストのようには大規模にはいけるはずもないけど、表現者、クリエイターである限り、
「大人として進むべき生活、生き方をまずしなくては!」と時間の許す限り海へ森へと出かけた30年でした。

 だから「京都佛立ミュージアム」の皆さんが、そんな私の個展をこんなにも喜んで協力してくださるなんて、あり得ない!
な〜んて嬉しいことだろう!

 まさに私にとっては「天変地異」な出来事でした。
 
また、作品の展示数も、あれこれと発掘?(笑)してゆくと、かなり多い!
私のこれまでの小さな展示ではない、もっとさらに「白井貴子のアート」として上を目指した展示にしなくちゃ!!
だんだんと方向が見えて来ました。
 
 そこで「今まで音楽のノウハウだけではとてもクリアできない!」と思い、以前、横浜の野毛でお会いしていた、「涙河」のアルバムの「悲しくてやりきれない」の自然の音も提供してくださり、大変お世話になっている元東京芸大の講師で現在は和光大学の先生をされている川崎義博先生に急遽、個展のメンバーに入っていただき、様々な角度からアドバイスをいただきながら開催に向け準備が再スタートしました。
 
 まずは、宣伝のためにもポスターを作らなくてはなりません。
とにかく「予算はゼロ」なので、少しでも節約!とこれまでの写真を使い、もしくは自分で撮影するしかないな〜と思っていたところに、
「近くに素晴らしい写真家の方がいらっしゃいます!」
とミュージアムのお坊さんの声!!
「えっ?いいんですか!?」
「いつもお世話になっているのできっと大丈夫だと思います!ご信者さんです!」

「マ〜ジっスカ?!」・・・(ご信者さんパワーって凄いな〜)
(追い詰められているときは言葉も荒れてるくる。笑)
 「まずい!ここはお寺のミュージアム!そんな、はしたない言い方したらダメじゃん!」・・・と思い返す私・・・。(汗))

「本当ですか?!私はお寺の人間でもないのに、そんなに甘えてしまっていいのでしょうか?」
「大丈夫です!!ど〜うぞ、貴子さんの好きなようにやってください!」とミュージアムの長松館長さん。
「好きになようにやってください!?」
こんな言葉、音楽の世界でこれまでそんなこと言われたことがほとんどかった私なので、ついつい耳を疑ってしまう私。(笑)

 でも、もう遠慮してる時間もなかったので、そのお言葉に早速甘えさせていただきGO!〜って感じでやり始めたら、最後の最後はやはりミュージアムの皆さん、私の「お願い攻撃」にヘトヘトに。(汗)
 
でもどんな時も受け入れてくださり、こんな恵まれた状況を当たり前だと思っちゃダメだ!
とかえって心凛としてしまうほどにありがたい準備期間でした。
 
 ただ一つ、最初の頃「あれっ?」て思ったことがありました。
というのは、私は色々なことをお願いしているので
「本当にすみません。申し訳ないです!」
と根底での感謝の思いで、ついつい「ありがとうございます!」
と朝からミュージアムの入り口で出迎えていただく度に、そうご挨拶させていただくと、スタッフの皆さんも「ありがとうございます!」と、あちらからも開口一番「ありがとうございます!」と言われるんです。
「おはようございます!」じゃない。

こんな立派な、それもお寺のミュージアムで、毎日「白井貴子」「白井貴子」って本当にそんなこと許されることなんだろうか!?
と思っているのに、さらに「ありがとうございます!」と朝から言っていくださる???
なんか変だな〜?まだ私は朝から何もしていないのに?

 昨日もあ〜んなに色々なことをお願いして去ったのだから、「イエイエ!今日はお手柔らかに!」とか普通ならそんな会話になるんじゃないかな〜?
そこで 長松さんにその出来事を伝えたところ、長松さんは爆笑!
「貴子さん!知らなかったんですか?」
「えっ?何がですか?」
「本門佛立宗では、ありがとうございます。が最初のご挨拶なんです!」と。
「マジっすか!」・・・イエ元へ「本当ですか!」・・・。
それで謎が解けました。驚きました。

 だから皆さん、そう言ってくれるんだと!
教えというのは、本当にすごいな〜。
全てを乗り越えて「ありがとうございます」と言う。

考えてみれば、嬉しいことは勿論、苦難さえも「ありがとうございます!」という心持ちでいただけば、自分にとって全てプラスに働き、自分にとっても、とてもいいエネルギーに変わるように思えます。
すごい人間力を養う元になる教えだと思って、皆さんの与え合う日々を痛く感動しました。

 キリスト教ではこんな教えはあるのかな?
 キリスト教の学校行ってたのに、そんなことすら知らない。
考えてみれば、私の曾おじいちゃんもお坊さんだったのに、これまで自分の家の仏教のことだって深く考えたことがなかった。
 この世に様々な思想があることをあらためて知ってみたくなりました。
私にとっては本当に「人生の修行」そんな時間でした。

ありがたい!ありがたい!感謝還暦。めでたいな〜。

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③ 「これは白井貴子の個展じゃない!」 

自由な表現の場を与えていただき、私も次から次へとアイディアはも〜う止められない!(笑)

そんな時、川崎先生から
「これは白井貴子の個展じゃないから!」と。クールな一言。
「・・・・・はい!理解しています!」・・・(汗)

「企画書も見たけど全然ダメ!」
「もう一度、最初の思いを聞かせてみて!」
いつになく優しい口調の川崎先生の顔が鬼のよう!(汗)
  ・・まるで入試みたい!!
(芸大に入りたい!ってずっと思ってたけど・・・やっぱり無理かも!(汗))

「・・・・はい!とにかく、今、私達がこの手仕事を辞めてしまったら、これまでの人類がずっと長きに渡り紡いできた手仕事を全て捨ててしまうことになる!だから、お婆ちゃんの針箱を開いた時の感動を伝え、そして手仕事の衰退を少しでも食い止め、未来に繋いでゆくために・・・・・・・・・・」

「でしょ!でしょ?」
「そこが一番大切なんだよ!」 
「この企画書は色々言い過ぎ!平成もオリンピックもいらないよ!」

最初、私は仏教のミュージアムということで、自分のことばかり伝えてはいけない!と思ってしまい。
また、丁度、私の生きた60年という時間が、先の天皇陛下と美智子様のご結婚の時間と同じということで、そんな時代、歴史を振り返りながら、私と母、そしてお婆ちゃん〜家族の繋がりを知っていただく個展としての企画書を書いていたのです。
 
「この糸の台紙に書かれてあるお婆ちゃんの鉛筆の直筆の文字」
「お手玉」
「・・・この端切れ」
「この半襟」「ライブの生写真」
「すごくい〜いじゃない!」
 川崎先生の瞳がギラギラと輝いています。
「これを全面に出そうよ!今の若い人達はパソコンの写真ばっかり見ていて、生写真を見たこともないし、針箱だって知らないんだから!」
 (「へ〜そうなんヤ!」・・とCMみたいな感想!笑)
 
こ〜んなやり取りが、開催なんと10日前!(汗)

そう、今回は白井貴子プロデュースの個展ではありますが、あくまでも
 「母なる愛の手仕事の偉大さを伝える個展」

川崎先生に参加していただく前、たたき台として取り急ぎ作ってもらった、私の顔が全面だったポスターを急遽却下!
 大阪豊中のお婆ちゃんの針箱をトップに掲げ、新たに写真撮影することになりました。

 こんな時、家族というのは、クールに見れないのだな〜と反省至極。
 どうしてって「グチャ!」っと一気に出すことはできても、
どうしても「こんなボロのものを人様にわざわざ大々的に観てもらっていいの?それにちょっと恥ずかしいな〜」なんて思ってしまうものです。

 お婆ちゃんが針箱に残していた糸くずさえも、川崎先生から褒めてもらえるなんて、夢にも思っていなかったことでした。

 川崎先生に客観的に見ていただくことで、その価値に気づき、見ていただく勇気が湧いて来ました。

 今のこんな使い捨ての時代だからこそ、一つ一つにスポットを当て、丁寧に展示することで、自ずと時代が見えてくる。大切なことが浮き彫りになる。
ということを教えていただきました。

写真で言うなら、私の表現は広角レンズで川崎先生の表現は超マクロ!
長い長い原稿を「俳句」にして行くような作業でした。

1月19日の藤沢のライブではスペースも小さかったのでお婆ちゃんの針箱・母の針箱・叔母と私の針箱と「4つの針箱」を一気に見せる展覧会でしたが、それを、さらに一つに絞って「豊中のお婆ちゃんの針箱」にスポットを当てることになりました。

だんだんと、真に「母 TSUNAGU 未来」の姿が出来上がって行くのが見えるようでした。

撮影していただいたのは「亀村俊二先生」

小雨の降る午後、先生のプライベイトスタジオに荷物を運び込みました。
 シーンとしたスタジオにシャッター音が響きます。

私は服を整えて、まるでスタイリスト。
ずっと私のアイディアを煙ったがり、実家ではいつも
「こんなの全部、捨てちゃえよ!もうどうせ使わないんだろ!」
と足で蹴る勢いで言っていたホンチが、お婆ちゃんの針箱をせっせと磨いてくれています。
 なんだかすごく可笑しくて、また本当に嬉しかったです。

「・・・もっと光をあっちから向けて〜!」
「あ〜ここがいいな〜!」ゆっくり、まったりした亀村先生の優しい京都弁。亀村先生の声に、奥様も長年の勘で素早くアシスト。
刻々と撮影が進むにつれ、お婆ちゃんの針箱は100年の時を遡るように、どんどんと素敵に光り輝いて見えてゆきました。
 
 お婆ちゃんのあの日の声、時代のざわめきが聞こえてくるよう。
30数年前ステージで大暴れして歌っていた衣装もトルソーに着せてスポットライトを当てると、また動き出すような、映画のようにあの日の自分が現れるのではないか!と思えるほどに不思議な感覚に襲われました。

 布と同様、服もその時代、時代を思い出させる凄いものなんですね。
 今の私が当時の衣装と共に並んで写真に写る日が来るなど、あの日、誰が想像したでしょう!長い長い時間はあっという間の出来事だったようにも思えます。

 全てが、なんとも感無量な時間でした。 

 撮影は1日では終わらず、結局2日がかりとなりました。

亀村先生の写真は本当に感動的。
お婆ちゃんの針箱の写真は、私達に何かを語りかけてくれるようです。 

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④ 個展開催の3日前に遂にポスターが完成!
そんな時に「え〜〜つ!!」果たして個展は開催できるのかっ〜〜〜〜〜!!?

 ・・どうするの!?こんな素敵なポスターができたのに、
何にもほとんど宣伝してない!ここでポスター眺めてる場合じゃないヤン!貼ってもらわなくちゃ!(涙)
 
 そんな時、な〜んと藤沢からの連絡。
「パパが肺炎でママも急に血圧が上がって嘔吐したから入院だって!」と従姉妹から連絡が!
 「両親が揃って入院!?」
「冗談はやめておくれやす!」も〜あり得へん事態!(汗)

このタイミングで両親とも入院というのはどういうこと!?
「まだ誰も個展のこと知らないんだから、開催を来年に辞めるなら今がチャンスかも!(笑)」と頭を過ったのはいうまでもありません。
 でも、やはり令和元年「感謝還暦の今年しかない!」

 急遽、湘南に戻り、バタバタと両親の入院の準備をして、
「ママ!沢山の人がママが作ってくれた衣装を見に来てくれるから、 頑張って京都へ行って来るね!」と京都にとんぼ返りしました。
その後、二人ともそんな大事にはならかったのが幸いでした。

 その間、スタッフの皆さんはそれぞれPRに京都の街に繰り出してくれました。
 私も前日に初めて公に大阪の「FM COCOLO」でPRさせていただき、京都に戻って展示作業。
川崎先生も亀村先生も来てくださり、お寺のお坊さんも各地から集合。白井貴子の作品と共に「仏教における母」
と繋がりある内容で本門佛立宗に伝わる歴史的資料やパネルも展示されました。
 夜遅くまで展示作業のお寺の皆さん、でも早朝からはお題目のお勤めがあるそう!凄いな〜

 そんな皆さんのご協力をいただき、佛立ミュージアムの入り口には真っ白な垂れ幕も掲げられ、手を合わせる思いで無事に初日を迎え白井貴子「母 TSUNAGU 未来」展は開幕されました!

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⑤ 沢山のご参加!ありがとうございました!

 開催してもなお展示は追加修正の連続。
 会場でのイベントの企画も会期同時進行!
イベントへの依頼作業と、私の止まらぬ無理難題に一丸となって協力してくださった佛立ミュージアムのスタッフの皆さん、本門佛立宗のボランティアスタッフのご信者の皆さん、着物の可能性を沢山教えていただき、イベントを盛り上げてくださった岡本典子さん!
「人にとっての大切な呼吸法」を教えてくれた中学・高校時代の親友、南村郁子さん!
そして「5080問題」で奔走されている豊中市社会協議会のソーシャルワーカー勝部麗子さんには貴重な実体験と現状を伝えていただきました。
勝部さんは、今、日本に100万人もいると言われている「引きこもり」の皆さんのため、そして地域の幸せのために 「母 TSUNAGU 未来」のエネルギー満載で頑張っていられる人で、
しかも、母の実家が豊中だったので、そのご縁で多忙な中、来ていただきました。
今後「もっとタッグを組んで頑張りましょう!」ということになったのも本当に嬉しい出来事でした。

 そして、個展に連日駆けつけてくれた私のファンの皆さん、ミュージアムのご近所の皆さん、また、昔からの大ファンだったという方で、なんと今は西大津のコミニティーFMのDJもされているという浄土真宗のお寺のご住職はじめ、各地、PR応援いただいた各放送局の皆さん、懐かしむ思いで駆けつけてくれた同級生の皆さん!

 ポスターとフライヤーを制作するに当たり、何十回も修正にご協力いただいた、山形のデザイナー早坂優子さん、川崎先生・亀村先生・長松ご住職はじめ佛立ミュージアム関係者の皆さん。
まだまだお伝えしきれていないかと思いますが、沢山の皆さんにご協力をいただけたからこそ開催することができた「母 TSUNAGU 未来」展です。
 
さらなる細かな思いは、これから図録を制作することになっていますので、そちらでさらにお伝えしてゆきたいと思います。
 
最終日のコンサートには、会場に入りきれないほどの皆さんにご来場いただきました。

 過ぎ去った令和元年の夏を思い返し、今、ここにあらためて、参加&ご協力いただいた皆様へ、心より感謝の気持ちをお伝えさせていただきます。

 本当にありがとうございました!

 20日間の会期を終え展覧会を撤収する時は、なんだかとても寂しい思いになりました。
 ボランティアスタッフの皆さんと、ご来場いただいた皆さんがチクチク・コツコツと運針して制作してくれた「ハギレのお花」

会場の一番奥の大きなガラスの部屋に「TSUNAGU」の文字に、端切れのお花を毎日並べてもらいました。 
 
 そのガラスに初日、私は大きなハートを3つ描きました。
そのハートの中に皆さんに展覧会の感想を書いてもらいました。

 ファイナルが近づくにつれ、皆さんのあたたかい素敵な言葉は、ハートから溢れ出し、最後はハートに入りきれずにガラスの空いっぱいになりました!
 皆さんの思い溢れるメッセージの奥に並ぶ「TSUNAGU」の端切れの布の花文字。

 豊中のお婆ちゃんの針箱は100年前の日本から流れる「母なる愛」という清水の源流のよう。
その針箱からコンコンと家族を包む愛の歴史は流れ、最後に「仏教の中の母」の歴史へと河が合流し、最後の最後は皆さんが手縫した花文字「TSUNAGU」へ。

「みんなで作る個展〜日々成長する生きた展覧会」
になったらいいな〜って願っていましたが、本当に皆の力で、この大変な時代に素晴らしい空間が生まれ「母なる愛の河」新たな流れが「令和元年」に生まれた!と感動しています。
 
 その「TSUNAGU」の端切れの花文字のガラスの部屋に入って写真を!と亀村先生の声!
こんな皆さんが紡いでくれた思いのところに入るのが、なんだか申し訳ないように思いましたが「個展の記念写真」と撮影していただきました。

「母 TSUNAGU 未来展」開催までのバタバタ。
そして無我夢中で駆け抜けた20日間が思い出され、端切の布の花を一つ一つ拾い集める時は、なんだか昨日の幸せを拾い集めるような感無量な時間でした。

 その時は紙袋に納めましたが、その後、そのお花を、ボランティアスタッフの方がキレイな箱にしまってくれたと連絡をいただきました。
本当に涙が出るほどに嬉しかったです。

 今回、私自身も皆さんと一緒に運針することを楽しみにしていたのですが、イベントの仕込み仕込みでその時間は一ミリもありませんでした。
 でも、会場に来てくださった皆さんが、本当に楽しそうにTRYしてくれている姿を見るだけで、私までとても幸せな気持ちになりました。 

 その花箱は、来年、4月16日から6月21日まで開催される
「母 TSUNAGU 未来展」 = 「おばあちゃんの背中」
で、再び開封されます!

 20日間で、のべ800人の皆さんのご来場をいただきました。
本当にありがとうございます!

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 両親の体調もお陰様で現在は安定していますが、展覧会会期中は体調不良で佛立ミュージアムへ行くことをとても楽しみにしていたのですが、残念ながら京都入りすることはできませんでした。

 でも、長年私のブランド「マーガレットグラウンド」の手編みGoods とエコバックやランチョンマットを作ってくれていた兵庫と金町の叔母ちゃん達はミュージアムに来てくれて、涙を流して展示作品を喜んでくれました。

 また、昨年ALSの難病に倒れ亡くなった叔母も、ずっと名前は公表していませんでしたが、今回の展覧会で初めてみんなに知っていただくこととなりました。

実家に戻り
「智ちゃん、個展成功したよ!ありがとう!」
お仏壇に向かって手を合わせました。

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さて、次回は、先日の38周年記念、渋谷のプレジャープレジャーのお話をします!
 
 この原稿を書きつつ、ちょっと一休みで藤沢の畑に「ほうれん草」を植えました!
感謝還暦にして生まれて初めてなことばかり!
やっと人間を始めているような感動がありました。

 京都大原の「HEART」畑、そして 山形の皆さんの畑もいつも本当に楽しみ!
皆さんもそんな私と同じような「感動という恵み」を収穫してくれていたら嬉しいな。
大石田応援歌「なつかしい未来へ」のお話もしなくちゃいけないし、
そうだ!その前の「葉山」での「PEACE MAN CAMP」のことも! 
(沖縄で6日ライブの次の日の7日朝に 海のゴミ拾い「PEACE MAN CAMP」も開催する予定です!
詳細が決定したら、ファンクラブ「HEART」の皆さんへダイレクトメールしますね!)

 この夏蒔いた蕎麦の実も、今こうしているうちも大石田で成長していると思うと本当に嬉しい!

 年末から、来年2020年のスケジュールもUPしました。 
どうぞ次回をお楽しみに!
みなさん、どうもありがとう!
         
        令和元年 10月25日 TAKAKO SHIRAI   
               
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